石見銀山は鎌倉時代末期の延慶2年(1309)に発見され、大内氏、毛利氏と続き幕府直轄となり栄えた。最盛期には戸数2万6000余を数え、年間約1万貫(約38t)の産出量を誇り、世界の産出銀の約3分の1を占めていたといわれる。
銀の産出の減少に伴い、大正12年(1923)に閉山となり、今は約500の間歩(銀を採掘するための坑道)、代官所、武家屋敷、町家、旅籠などが残っている。2007年7月に、ユネスコにより世界遺産に登録された。
龍源寺間歩は、石見銀山を代表する間歩で一般公開されている。入口から栃畑谷新坑を通って出口へ抜けるようになっている。その間に20余の横穴や排水用に掘った縦穴が見られ、ノミの痕も生々しい。
石見銀山資料館は大森代官所跡にあり、建物は明治時代の邇摩郡役所をそのまま利用している。銀山資料、奉行代官資料などが展示されており、石見銀山の歴史を追体験することができる。
大森の町並は、銀鉱で栄えた大森の武家や商家、社寺など、当時の人々の生活がしのばれる古き良き街並み。今では甘味どころやそば屋、雑貨屋も立ち並びショッピングも楽しめる。石見銀山名物の焼き菓子「げたのは」は黒砂糖の風味が香ばしい。
スポンサードリンク
Top > 中国 旅行 おすすめ > 石見銀山 世界遺産に登録
スポンサードリンク